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唐櫃-KARABITU-

華乃都と亜久野によるレイアース二次創作小説blogです。 PC閲覧推奨。

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唐櫃 ~衝動~




「先程百姓達が話しているのを聞いたのですが、西山の向こうの国で何やら天災があったそうですよ」



「なんと恐ろしい。こちらまで被害が来なければいいが」



二人の貴族は、木の死角となっていた風に気付く事なく、そのまま屋敷の奥へ姿を消した。



―……天災



手に取った撫子の花片が、風もないというのに足元に落ちた。







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唐櫃~波乱の幕開け~



思わぬ再会から幾日かが過ぎ去った。
周囲の時間は穏やかに流れ、いつもと変わらぬ日常を紡ぎだしている。

貴族たちは先日の事件など忘れてしまったかのように、以前の暮らしに戻った。
一方警備兵たちも、また平穏な日常に戻りつつあるのを感じ、以前ほど警戒をしなくなった。

以前と変わらぬ時間が流れる中、以前と変わらぬ時間を過ごせない二人がいた。





警備をしていても、つい屋敷の中が気になってしまう。
あの姫がふいに自分の目の前の廊下を歩いて来ないだろうか。
どこかでばったり会ったりしないだろうか。


落ち着かない…
身分が違いすぎることは解りきっているのに、あの日の再会が忘れられない。
また逃げ遅れてくれ、と浮かれた発言にも彼女は考えておくと答えた。

身分は違っても、子供の時のように自分にある程度の好意を抱いていてくれるのだろうか。
今あの姫は自分のことを考えて過ごしてくれているのだろうか。
他の貴族たちと変わらず、先日のことなど忘れ去って平穏な日常を過ごしているのだろうか。

風のことを思うなら、平穏に暮らしていてほしいと願うべきだ。
それでも、あの夜の再会を忘れずに覚えていてほしいと願う自分もいる。



「馬鹿だな・・・」



ポツリと漏らした呟きは、中庭に溶けて消えた。
中庭のあの松の木はもう自分の姿を隠してはくれない。
それだけの時間を別々に過ごした。

もう二度と会うことはないのかもしれない。
それでも、この屋敷を出ていかなかったのは、自分がまだ半人前だからだ。
・・・そう、思っていた。
一人前になったら、他の屋敷で奉公をして小さいながらも自分の家を持てたらいい。
そう考えていた、はずだった。



「本当は・・・風と離れたくなかった、また会えるんじゃないかと・・・」



自嘲気味に笑みをこぼして、あの松の木を見上げた。
離れた方がいいのだろうか。
でも会いたい、もう一度話がしたい。
それで本当にいいのだろうか。
風はどう思っているのだろうか。
それとも、何とも思っていないのだろうか。



「・・・そういえば・・・」



ずっと昔、花をあげたことがあった。
一度はお詫びのためにあげた芙蓉の花。
もう一度はこの場所であげた撫子の花。
二度目の撫子を受け取ったとき、彼女はなんのお詫びかと尋ねた。



「あいつ、しっかりしてるくせに変なところで鈍いよな・・・」



思い出が蘇り、自然と頬が緩んだ。
そしてふと気付いた。
気付いて、くれるだろうか・・・。










何をしていても、つい庭や屋敷の外が気になってしまう。
あの人がふいに自分の目の前に現れないだろうか。
庭先でばったり会ったりしないだろうか。


落ち着かない…
身分の違いは理解しているのに、あの日の再会が忘れられない。
彼は姉のことを怒っていない、いつか二人で謝りに行こうと言ってくれた。

身分は違っても、子供の頃のように少しくらいは自分のことを気にかけてくれているのだろうか。
今あの人は自分のことを想って過ごしてくれているのだろうか。
他の警備兵たちと変わらず、あの日のことなど忘れ去っていつものように毎日を過ごしているのだろうか。

フェリオのことを思うなら、自由に過ごしてほしいと願うべきなのだろう。
それでも、あの夜の再会を思い出してほしいと願う自分もいる。



「馬鹿ですわね・・・」



誰にも聞きとられることなく、呟きは中庭に溶けて消えた。
中庭のあの松の木は、もう二人の逢瀬を隠してはくれない。
それだけ自分もあの人も大人になった。

もう二度と会うわない方がいいのかもしれない。
それでも、何かあったら中庭の見える部屋で過ごしていたのは、思い出に元気づけてもらうため。
そうだと思っていた。
元気になったら、もうあの思い出には頼らず過ごしていけばいい。
そう考えていたのにできなかった。



「私は・・・」



ため息をついて、あの松のある中庭に目をやった。
離れてしまえば、頼らずにいられるだろうか。
でもできるなら、もう一度話がしたい。
それで本当にいいのかは解らない。
フェリオはどう思っているのだろう。
何とも思っていないかもしれない。



「・・・あの木の下で・・・」



ずっと昔、花をもらった。
一度は驚かせたお詫びにと、芙蓉の花。
もう一度はあの場所でもらった撫子の花。
撫子をもらったときに、これは何のお詫びかと聞いたら、彼は赤くなっていた気がする。



「やっぱり見間違いでしょうか・・・」



思い出の中の彼を頼りに、ふと庭先に足を延ばしてみた。
足は自然とあの松の木の元へ向かう。
そして、あの松の木の根元に小さな撫子の花束を見つけた。





そんな時、屋敷に出入りする貴族の噂を耳にした。


 


唐櫃~再会~


フェリオが傍に来て、辺りの様子を伺っている。
その姿を傘から盗み見て、風は驚いて言葉を失った。



会いたくなかった。

会えばきっと、喜びが心を満たすから。
そして悲しみで消えてしまいたくなるから。






~再会~


 


「風…?」
そっと傘を退け、フェリオが風の名を呼ぶ。
ドキリと胸を鼓動が大きく叩く。
風はただ俯いた。それから思い切って顔を上げ、いいえ、と首を振る。
「人違いですわ。」
「…いや、俺が風を間違えるはずがない。」
そうフェリオは言い放った戸惑いのない言葉は、真っ直ぐな瞳と同時に風の心を貫いた。
風は思わず俯いてしまう。
皮肉にも今宵は満月。否応にもお互いの姿はハッキリと確認出来ていた。
俯き黙ってしまった風の姿を、フェリオは見つめた。

満月の光に照らされた風は、幼い頃の面影を残しつつ、女性としての魅力に溢れていた。
自然とフェリオは自分の胸が高鳴るのを感じる。

「…久しぶりだな。元気そうで、よかった。」
「……あの、私…-」

風が言葉を続けようとした時、突然大きな爆音がした。 
衛兵仲間が放った銃声だろうか。

「きゃっ!」
驚いて短く悲鳴を上げた風にフェリオはそっと身体を寄せる。
反射でとはいえ、思わず掴んでしまったフェリオの腕に、風ははっと身を起こす。
俯く風を見て、くすりと笑った。
自分のした行動に恥じらっているのか、前髪から覗く頬が赤い。

-こういう可愛い所は変わってないんだな。

「屋敷内に侵入した野良犬が現れたのかもしれない。早く避難を。」
「はい…」
立ち上がったフェリオが手を差し出した。
一瞬戸惑ったが、男性の厚意を受けるが作法であり礼儀だったので、風はただ添える様に手を乗せた。
するとフェリオはしっかりと風の手を掴み、自分の方に引く。風はすんなりと立ち上がった。
すっぽりと収まった自分の手。そして軽々と引き寄せたフェリオの力強さ。
それは二人の間に流れた長い空白の時間と成長を物語っていた。
フェリオの変化に、風は戸惑いよりも確信をした。

-男の人…なのですね。

「行こう。」
風はフェリオに手を引かれ、二人は歩き出した。

 

 
 
 
輝く満月が俺達の再会を祝福しているように思えるのは気持ちが高揚しているからだろうか。
その中で、廊下を擦る足音だけ聞こえた。
銃声はあれきり聞こえてきてはいない。
となると、誰かが野犬を仕留めたのか、それとも…ー
「あの、フェリオ…さん」
風の声に、はっとして、隣りにいる風を見た。風は自分の胸に手を当てて、どこか落ち着かない様子だった。
「どうした?気分でも悪いか?」
「いえ、そうではなくて……て、手を…」
「手?」
フェリオの左手と風の右手は歩き始めた時のまま、繋がれていた。
いや、風の手にはフェリオの手を握り返す様な力はまるで込められていなかったので、フェリオが風の手を掴んでいたといった表現の方が正しいかもしてない。
フェリオはその手を見てから、風を見て、少し眉毛を下げて呟いた。
「…いや…かな?」
「そ、そんな事…!」
首を振って、風は強く否定した。日常的な声量であったが、静まりかえった屋敷内でその声はとても大きく聞こえた。

-…嬉しかった。彼が昔と変わらずに接してくれて。
立場上、風は誰からも崇められ、誰といても壁を感じていた。けれど、それは当然の事であったし、そう教育されてきたのだから。
ただ、幼い頃にフェリオと過ごした短いあの時間だけは、忘れる事は出来なかった。
フェリオと出逢えた思い出と自分の、起こしてしまった罪。
二つは対となって風の中に存在し続ける。

あの時の真相を知っている者は少ない。
なぜなら、当時、幼い風が秋の夜更けに恐怖を感じて母親の元へ向かった、という単純な理由で片づいてしまったのだ。
結果、風もフェリオもこの屋敷で今まで不自由なく生活出来た。
その代償は、二人からとても大きなモノを奪ってしまったけれど。
 
フェリオが、父の領地にいる以上、いずれどこかで出逢う事があるかもしれないと思っていた。
しかしそれは、彼は貴族の従者として、自分はその貴族の一人として関係されるものだと確信していたのに…。
「ここからは月の光が遮られる。足下に気をつけた方が良い。」
「はい。」
フェリオの自分を気遣う優しい言葉に嬉しくなる反面、その優しさがとても悲しかった。
心の隙間から罪悪感が現れては消える。そんな状態が先程からずっと続いているから。

「…けれど、フェリオさん。この様にゆっくりと歩いていていいのですか。急いでいるのでは?」
少しずつ暗闇にも目が慣れて来て、風は隣を歩くフェリオを見上げた。
「ああ、それは……、野犬は人間よりも五感が鋭いから、下手に音を立てて気配を強くすると、その方が危険なんだ。」
なるほど、と心の中で納得する風。
「…それに…-」
するとフェリオは一度言葉を切り、握った手の力を僅かに強くして、隣を歩く風を見た。

「そんな悲しそうな眼をした風をこのままにして、別れるわけにはいかない。」

「え…?」

突然の言葉に風の心臓がドキッと音を立てる。
フェリオに真剣に見つめられ、風は思わず歩みを止めた。
フェリオは繋いだ手をそのままに、振り返り風の方を向いて正面から向き合った。
「…姉上の事、気にしているんだろう。」

「!」

風は息を呑み、僅かに後退った。しかし、強く握られた手がそれ以上距離を取る事を許させない。
嗚呼、この為に繋いだ手だったのかと恐怖を感じた。
「は、離して下さい!」
「風…ー」
「わかっています。私があの時、今夜の様な満月に部屋を抜け出さなければ、あの方が犠牲になる事はなかった!」
「風、」
「親族である貴方にどんなに謝っても、この罪は償えない…。」
抵抗していた腕の力は抜け、風はその場に座り込んでしまう。
「本当に…申し訳ありません……。」
掠れる声。顔を空いた左手で抑え、その隙間から涙が流れ頬を伝い落ちた。

「風、顔をあげてくれ。」
フェリオの声に恐る恐る顔を上げると、フェリオは片膝をついて、風と同じ高さで視線を合わせていた。
その表情は風を攻めている様子は微塵もなく、ただ少し悲しげな笑顔で、そっと風の涙で濡れた頬を撫でる。
「…風は誤解している。」
「誤解…?」
「風は何も悪くない。…責任は俺にあるんだ。」
自分は風が姫である事を知っていたのに、風を連れ回し、風に部屋を抜け出させるなんて、してはいけない行動を起こさせてしまった。

「立場をわきまえなかった、俺が悪い。…ごめん。」
「違います!私が無知であったばかりに、貴方のお姉様は…ー!」
「風、俺は姉上は生きていらっしゃると思うんだ。」
「え…?」

思いも寄らないフェリオの言葉に、風は力無く問う声を漏らした。
「…確かに、幼かった俺達の代わりに罪に問われてこの屋敷を追放された。それは事実だ。でも、それならどうして、追放だったんだろうか。」
フェリオが自分の顎に手を当てて視線を反らした。その様子を風は落ち着きを取り戻した表情で見つめる。

-もう二度と同じ出来事が起きない様に見せしめとして処罰する。
例えそれが、幼子二人の心を傷つける様な残酷なものだとしても、必要な事ではないのか。
しかしそれは実行される事はなかった。
 
「…当時、姉上と親しかった侍女から聞いたんだが、姉上は訪問してくる貴族達にも慕われていたらしい。人当たりが良くて優しい人だったから。そんな姉上を重く罰したら、評判が悪くなるって思わないか?」
評判どころか、姉を慕った者達で派閥が出来るかもしれない。そんな冗談の様な事を侍女は真剣な眼差しで話したのだ。
それだけ姉の存在はこの屋敷で大きかった。しかし一番近くにいた弟がそう感じなかったのは、やはり、姉が貴族ではなかったからかもしれない。
世話役。なにがあってもその立場が変わる事はないだろう。
「だから…姉上は生きている。この国の…あるいはもっと遠いどこかで。俺はそう信じたい。」
「フェリオさん…」
「だから、風にも信じて欲しい。そして、いつか二人で謝りに行こう。」

フェリオがそう決意するまで、どれだけの時間がかかったのだろうか、と風は思った。
大切な人が突然姿を消してしまって、辛くて悲しかったに違いない。
それでも時間とは残酷なもので、フェリオを身体も心も大人にしてしまう。
武士の子として生まれた以上、悩んでいる暇はなく、訓練し、力をつけ、だから今もここにこうしているのだろう。
心境とは裏腹に流れる時間と身体の成長。それがどんなに大変な事なのか、風には苦しいほどによく理解出来た。

頷いて下を向いた時、自然と涙が一滴零れた。しかしそれは先程の荒々しいものではなく、フェリオの言葉に少しだけ救われて解き放たれた形の様だった。
風は顔を上げて、微笑む。
 
「…はい。」
 
フェリオは思わず息を呑んだ。闇に慣れた眼が、風の笑顔を捉えて離れない。
未だ握ったままの手に、思わず力が入る。顔が、近づいた。


「-そこにいるのは誰だ!」
 
突然の声に二人は、はっとした。
フェリオは風から手を離して立ち上がり、背に守る様に声の方へ身体を向けると、そこにはフェリオと同じような服装をした男性が立っていた。
「なんだ、フェリオじゃないか。」
声の主はフェリオの衛兵仲間の一人だった。見知った外見と声に、男もフェリオもほっとして構えを解いた。
「探していたんだぞ。野犬が見つかったのに、お前だけまだ戻らないから。」
「悪い。逃げ遅れた風…姫を発見したので、避難場所まで送り届ける所だったんだ。」
え?と驚いた様な男は、フェリオの後ろにいる風を見つけ、驚いて声が裏返った。
「ひ、姫!ご、ご無事でなによりです!」慌てて一礼をする男。
風は立ち上がり、フェリオの肩越しに品良く微笑んだ。
「…それで、進入した野犬の方はどうだったんだ?」
「ああ、それが、先程捕獲したって…ー」


二人の声のうち、フェリオの声ばかりが大きく響いてくる。
内容など頭に入ってこない。ドキンドキンと心臓が思考力を邪魔する。

-…今のは、なに?

エメロードの事で混乱する自分を、彼が慰めてくれて、それがとても嬉しかったから素直に笑顔になった。
そうしたら、彼の顔がとても近くなって…

「風姫。」
風は驚いて顔を上げた。フェリオがこちらを見つめている。
「姫はこのまま避難場所へ向かって下さい。彼が護衛を務めてくれます。」
フェリオの礼儀正しい言葉を耳に入れながら、フェリオの後ろにいた男性を見た。
彼は再度会釈をする。
フェリオの敬語がくすぐったく感じながらも、先程からドキドキする鼓動の中、風は問い返した。
「…あな…たは?」
「俺は侍所に戻ります。報告がありますので。」
衛兵の中での彼の立場はまだまだ高位ではない様だった。
当然だろう。まだ成人してから数えるほどしか季節が巡っていない。
「…ご苦労様でした。」
風がいつも、自分を護衛してくれた者にしている労いの言葉。
しかし今回に限っては恥ずかしい事に、離れたくない、と自分の声色がフェリオに告げている。

-ほんの少し前まで、会いたくないと思っていましたのに…。

フェリオはその様子に、ただ優しく笑ってから風の傍へ寄って、会釈をした。
「…またいつ野犬が侵入するかわかりません…。」
頭を下げたまま、フェリオは後ろにいる仲間に聞こえぬようにぼそっと小声で囁く。
それから顔だけ上げて風を見ると、それはどこか悪戯な表情をしていて、え?と首を傾げた風に片眼を閉じて言った。

「…その時は、また逃げ遅れてくれよ。」
風は一瞬きょとん、としてからすぐに顔を赤くする。
そして、嬉しそうに笑う反面、少し悔しいので「考えておきます。」と澄まして答えた。












風と別れ、先程とは別人の様に足音を荒々しく立てながらフェリオは来た道を戻っていた。
そうでもしないと、うるさい心臓の音を耳から遠ざける事が出来なかったからだ。

「なにしてんだ、俺は。」
右手で口元を押さえ、大股で歩き続けている。その顔は赤い。

-気付かれただろうか。あの暗闇の中、距離感なんてわからない。
ただ、近くで顔を見た、というくらいで済ませてくれればそれでいいんだ。

思わず、口づけしそうになったなんて、絶対に知られてはいけない。
 

「…浮かれすぎだ。」 
自分の中にいた風の存在はあまりにも大きかった。 大きすぎた。
理性と本能の狭間で揺れる心に不安を感じながらも、高揚する気持ちをいつまでも抑えられないでいるフェリオだった。 

 
 


 


唐櫃~月明かりの導く先~



月明りが眩しい。
月を眺めて再びぼんやりしだした意識を追い払うように軽く首を振り、弛んでいた気を改めて引き締めるように夜の冷たい空気を大きく吸い込んだ。










あの事件以来会えないままに月日が経った。

事件の後も変わらず、月のない日や雲が味方をしてくれた夜にはあの場所へ向った。
けれどあの少女は来なかった。

何かあったのだろうかと、初めは心配した。
体を壊したのか、俺のせいで怒られて泣いて居るのだろうか、罰を受けて部屋に閉じ込められているのだろうか、一晩中様々な不安が頭を過った。

伝え聞いた話では抜け出したことが知れたために、夜は女房たちが几帳越しに待機するようになったとか。
あの少女は来られないかもしれない。
でも、もしかしたら・・・小さな希望を捨てきれず、通い続けた。





けれど結局あの少女が来ることはなかった。
姉に消息を聞いても今は勉学に励むようにと言うだけ。

もどかしかった。
せっかく自分の気持ちに気付けたのに。
せっかく何か通じ合えたように思えたのに。



『身分が違う』



ただそれだけで会えない現実が納得いかなかった。
何故?どうして?と何度答えのでない問いを自分に課したことだろうか。










元服を過ぎた今、自分の行なったことの重大さに気付く。
やはり怨まれているのか…あの姫に。



それでも忘れられない。
忘れることが出来ない。
未練がましいと解っている。
それでも心が通いあったあの時間が忘れられない。





自分にとっては夢のような時間だった。
本当は夢だったのではないのかと思ったこともあった。
それでも女房たちの噂話に彼女の名前が上がる度にそっと聞き耳を立て、夢じゃなかったんだと胸を撫で下ろし、同時に会えない現実に苛立った。





月が明るい夜は会わない。
二人の間に出来た、今はもう何の役割も果さない暗黙の約束事。
それでも月が明るい夜は気が沈む。
体に染み付いてしまったのだろうか、それとも未練がそうさせるのだろうか。









「…また弛んでる」



警備中に二度もぼーっとしてしまうなどどうかしてる。
気を引き締めるためピシャリと両手で自分の頬をはたき、気を入れなおしたその時、慌てたような気配と共にガタリと背後の門が開いた。



「どうした?」

「野良犬が庭に入ったらしい」

「野良犬が?警備は何をしてたんだよ」

「交代の時に開いた門の隙間から入ったらしい、今日は宴だったから食い物の空気を察したんだろうよ。とにかく、門の警備をひとまず置いて野良犬を探すのを手伝ってくれ」

「解った」





門を潜り走り去る同僚の背中を横目に確認すると、門を施錠し先程の兵とは逆の方向へ走り出した。

野良犬の侵入は知れているのか篝火が焚かれつつあり、廊下をいそいそと歩く女房たちの姿が見え隠れする。
共に兵がついているのを確認すると、中庭の方へと足を向けた。

今日の宴は中庭で行われている。もし取り残されている者が居たら大変だ。
先程より多少走るスピードを上げて中庭へ向った。










「誰か居られますか!」



声を上げてみたものの、大方引き上げたのだろう、傘や敷物は残って居るが人の姿は見当たらない。
辺りをザッと見回し、ここは大丈夫だろうと立ち去りかけた時、微かな気配と衣擦れの音と共に傘の影から人影とか細い声が届いた。



「…あ、あの…」



ひどく弱った女性の声。
一人取り残されていたのだろう、今にも泣き出してしまいそうな震えた声だった。



「ご無事ですか?お怪我は?」

「は、はい…大丈夫…です…」

「良かった、もう心配はいりません、お部屋までお供致します」

「…はい…」





消えてしまいそうな声に答えながら、傘の影に向った。
傘の影にいる声の主は動けないのか、動かないのか、一向に顔を出そうとはしない。
それどころか、こちらが近づく毎に怯えの色を強くしている。
けれど決して逃げ出そうとはせず、懸命に気丈に振る舞おうとしている気配に自然と苦笑がこぼれた。



その時何故かふと、あの少女の顔が頭を過ぎった。





「…風?」





自然とあの少女の名前を呼んでいるのに気付いたのは、傘の影に隠れている女性から戸惑う気配を感じたときだった。



唐櫃~私の手、貴方の手~



満月の夜は月の光でなかなか眠れない。
けれどエメロードは、その事を厭わしいと感じなかった。

部屋から通じる狭い縁側から空を見上げ、ほぅ、とため息をついた。
「・・・今宵はいつにも増して、明るい夜ですこと。」


―もしかしたら、予感、だったのかもしれない。






エメロードが部屋に戻ってからしばらくすると、なにやら外が騒がしくなり始めた。
立ち上がって襖を開き、廊下を覗くと遠くの方で警備兵が廊下を横切った事を確認する。

・・・何事でしょうか。

過去にも何度か騒がしい夜はあった。それは主人の命を狙った侵入者で、今宵もそうなのか、と僅かに身を震わせる。

―死からは何も生まれない。


エメロードは胸の前でぎゅっと拳を握った。


すると、先ほど警備兵達が走って行った廊下の方から、今度は小さな足音と人影が2つ現れたのだ。
その姿は暗闇でとても解り難かったが、見知った背格好にエメロードは咄嗟に声をかけた。

「フェリ・・・オ・・・?」


2つの影は一瞬ビクッと背中を震わせると、こちらの様子を恐る恐るうかがってから一つの影がもう一つの影を引いて、エメロードの方へと駆けてきた。

「姉上・・・っ。」

エメロードの前に息を切らして現れた子供は、思った通り、実弟であった。

「どうしたのですか。」
エメロードは膝を折って目線を合わせた。フェリオのただならぬ様子とその小さな手の先で繋がった可愛らしい高貴な存在にこれは…と、眉を潜めた。

「姉上、その・・・、おれ、・・・」

「落ち着いてください。とりあえず、中へ。」
フェリオの汗ばんだ背中にそっと手を当てると、エメロードは自室に二人を促した。







フェリオは言葉を選びながらこれまでの経緯を身振り手振りエメロードに説明した。

闇夜に密かに逢瀬を繰り返していた事、そして今夜は満月だったのにも関わらず、互いが気になり部屋を出てしまった為に、警備兵等に気づかれてしまった事。
エメロードはフェリオがすべてを話し終わるまでただ優しく見つめていた。

「そうですか・・・。」

「姉上、ごめんなさい・・・」
俯くフェリオの隣で風はじっと唇を噛んで座っている。その表情は覚悟を決めている様にもみえた。

エメロードは不安気なフェリオの頭をそっと撫でる。
「あなたはここまで風姫を守ったのです。謝ることなどありません。」

もし、フェリオが風から離れていたら、風は夜遊びを好むふしだらな姫として一生虐げられることになるだろう。風の名誉をフェリオは従者として守ったのだ。例え本人にその自覚がなかったとしても。


「話してくださって、ありがとうございます。」

そう柔和に笑うエメロードに、フェリオは胸の奥にあった不安がふっと消えるのを感じた。

窮地にも関わらず、幼い自分が短時間に状況を説明出来たのは、その間にエメロードがずっと手を握っていてくれたからだろう。

しなやかでいて暖かな手。
実姉の存在を改めて偉大だと感じた反面、大切な人一人守れない自分の幼さに悲しくなった。

表情を何度と変え百面相するフェリオにエメロードはくすりと笑って再度頭を撫でた。


―いつの間に、こんなに男らしくなったのでしょうか。


歳が離れた姉弟であったから、フェリオの世話はエメロードがする事が殆どだった。
その幼かった弟の成長に風が関わっている事を聞かずして理解出来てしまうのは、自分自身にも同じ様な経験があったから。



―私は叶わぬ恋だったけれど

貴方には幸せになってほしい。



エメロードはフェリオから手を離すと、エメロードは座り直し、二人をじっと見つめた。


「風姫、これから私と共に部屋へ戻っていただきます。」
「え!?」
「待って下さいっ!姉上!それでは風が―」
「大丈夫です。姫はまだ幼女。私が説明すれば、夜分部屋を抜け出した事は許して頂けますわ。」
エメロードの美しさと聡明さに家主は一目を置いていた。だからこそ侍女であるにも関わらず、個室を与えられているのだ。その姉が交渉するという。

凛とした瞳を向けられ、二人は反論の言葉を飲み込んで、口をつぐんだ。
少しして、フェリオが言う。

「俺は・・・どうすればいいですか。」

「貴方もすぐ部屋に戻り、明日から、しっかりと勉学に励んでください。いいですね?」
納得のいかない、といった表情のフェリオの両手をエメロードは取った。
まだ小さな暖かい手を、細く白い手で包む。

「大丈夫。私を信じてください。」

エメロードの真剣な眼差しと言葉に、フェリオは隣の風を見た。
視線を交わして、フェリオがたどたどしく微笑んでみせると、風もつられて笑顔になる。
それからフェリオはエメロードに視線を戻して姿勢を正すと、はい、と頷いた。

幼き武士の逞しい返事にエメロードはただ、優しく笑顔を送った。








それから・・・-








****



ひんやりとした秋の風が頬を過ぎる。

青年は、すっと瞼開いて空を見上げると、先程と差ほど変わらぬ月がそこにあった。

左腰の太刀に軽く手をかけ、当たりを伺う。
青年は今、屋敷の扉を背に立っていた。


―・・・たるんでるな。


一瞬だったとはいえ、警備中に意識を無くした失態に青年となったフェリオは自嘲した。



あれは、現実に起きた悪夢。
繰り返し見てしまうのは、今も、怨まれているからだろうか。
- 誰に?

そう自分に問うて、ふと、月に照らされた紅葉が目に入る。
あまりに優美で嫌気がした。



あれから季節は何度も移り変わり、流れた月日は6年。

それは同時に、大切な実姉を失ってからの長い時間を示していた。





fin

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