唐櫃~波乱の幕開け~
2010.04.01 |Category …小説~唐櫃~
思わぬ再会から幾日かが過ぎ去った。
周囲の時間は穏やかに流れ、いつもと変わらぬ日常を紡ぎだしている。
貴族たちは先日の事件など忘れてしまったかのように、以前の暮らしに戻った。
一方警備兵たちも、また平穏な日常に戻りつつあるのを感じ、以前ほど警戒をしなくなった。
以前と変わらぬ時間が流れる中、以前と変わらぬ時間を過ごせない二人がいた。
警備をしていても、つい屋敷の中が気になってしまう。
あの姫がふいに自分の目の前の廊下を歩いて来ないだろうか。
どこかでばったり会ったりしないだろうか。
落ち着かない…
身分が違いすぎることは解りきっているのに、あの日の再会が忘れられない。
また逃げ遅れてくれ、と浮かれた発言にも彼女は考えておくと答えた。
身分は違っても、子供の時のように自分にある程度の好意を抱いていてくれるのだろうか。
今あの姫は自分のことを考えて過ごしてくれているのだろうか。
他の貴族たちと変わらず、先日のことなど忘れ去って平穏な日常を過ごしているのだろうか。
風のことを思うなら、平穏に暮らしていてほしいと願うべきだ。
それでも、あの夜の再会を忘れずに覚えていてほしいと願う自分もいる。
「馬鹿だな・・・」
ポツリと漏らした呟きは、中庭に溶けて消えた。
中庭のあの松の木はもう自分の姿を隠してはくれない。
それだけの時間を別々に過ごした。
もう二度と会うことはないのかもしれない。
それでも、この屋敷を出ていかなかったのは、自分がまだ半人前だからだ。
・・・そう、思っていた。
一人前になったら、他の屋敷で奉公をして小さいながらも自分の家を持てたらいい。
そう考えていた、はずだった。
「本当は・・・風と離れたくなかった、また会えるんじゃないかと・・・」
自嘲気味に笑みをこぼして、あの松の木を見上げた。
離れた方がいいのだろうか。
でも会いたい、もう一度話がしたい。
それで本当にいいのだろうか。
風はどう思っているのだろうか。
それとも、何とも思っていないのだろうか。
「・・・そういえば・・・」
ずっと昔、花をあげたことがあった。
一度はお詫びのためにあげた芙蓉の花。
もう一度はこの場所であげた撫子の花。
二度目の撫子を受け取ったとき、彼女はなんのお詫びかと尋ねた。
「あいつ、しっかりしてるくせに変なところで鈍いよな・・・」
思い出が蘇り、自然と頬が緩んだ。
そしてふと気付いた。
気付いて、くれるだろうか・・・。
何をしていても、つい庭や屋敷の外が気になってしまう。
あの人がふいに自分の目の前に現れないだろうか。
庭先でばったり会ったりしないだろうか。
落ち着かない…
身分の違いは理解しているのに、あの日の再会が忘れられない。
彼は姉のことを怒っていない、いつか二人で謝りに行こうと言ってくれた。
身分は違っても、子供の頃のように少しくらいは自分のことを気にかけてくれているのだろうか。
今あの人は自分のことを想って過ごしてくれているのだろうか。
他の警備兵たちと変わらず、あの日のことなど忘れ去っていつものように毎日を過ごしているのだろうか。
フェリオのことを思うなら、自由に過ごしてほしいと願うべきなのだろう。
それでも、あの夜の再会を思い出してほしいと願う自分もいる。
「馬鹿ですわね・・・」
誰にも聞きとられることなく、呟きは中庭に溶けて消えた。
中庭のあの松の木は、もう二人の逢瀬を隠してはくれない。
それだけ自分もあの人も大人になった。
もう二度と会うわない方がいいのかもしれない。
それでも、何かあったら中庭の見える部屋で過ごしていたのは、思い出に元気づけてもらうため。
そうだと思っていた。
元気になったら、もうあの思い出には頼らず過ごしていけばいい。
そう考えていたのにできなかった。
「私は・・・」
ため息をついて、あの松のある中庭に目をやった。
離れてしまえば、頼らずにいられるだろうか。
でもできるなら、もう一度話がしたい。
それで本当にいいのかは解らない。
フェリオはどう思っているのだろう。
何とも思っていないかもしれない。
「・・・あの木の下で・・・」
ずっと昔、花をもらった。
一度は驚かせたお詫びにと、芙蓉の花。
もう一度はあの場所でもらった撫子の花。
撫子をもらったときに、これは何のお詫びかと聞いたら、彼は赤くなっていた気がする。
「やっぱり見間違いでしょうか・・・」
思い出の中の彼を頼りに、ふと庭先に足を延ばしてみた。
足は自然とあの松の木の元へ向かう。
そして、あの松の木の根元に小さな撫子の花束を見つけた。
そんな時、屋敷に出入りする貴族の噂を耳にした。