唐櫃 ~夢への誘い~
2008.04.03 |Category …小説~唐櫃~
時は平安の都。
花々は四季の移ろいと共に、その表情を変えゆく。
人々は咲き乱れる花に喜びを感じ、空を染める夕日に憂いを汲み、傾き沈みゆく月に来ぬ人への想いを重ねた。
そんな、ゆるりゆるりと時が過ぎてゆく時代。安らかなる時が、さらさらと流れる時代。
そんな時代の、一人の雑兵と一人の姫君の物語。
雑兵の名はフェリオ。
緑の髪とどこか悪戯っぽい瞳、そして強い信念と真っ直ぐな心を持つ兵。
姫君の名は風。
甘栗色の髪と穏やかな瞳、そして強い意思と信じる心を持った姫。
出会いは、ある春の昼下がり。二人が、まだ元服も終えていない幼き頃。
少年は何事にも好奇心を示し、屋敷に仕える女房たちの息子と庭を駆け回る日々を、少女は御伽草子に心奪われ、毎日のように母の元へ草子を借りに通う日々を過ごしていた。
その日も幼い姫は母の元へ通い、新しい草子を借りて自分の部屋に帰るという日常を繰り返すはずだった。
けれどその日常は、ちょっとした喧騒によって塗り替えられてしまった。
いつもの帰り道、自分の部屋がある対へと続く渡殿を渡り部屋へ帰ろうとした時だった。
裏手の方からバタバタという足音と雑兵の怒ったような声、そしてそれを楽しみからかうかのような少年たちの笑い声が聞こえた。
よくよく耳を澄ましてみると「鬼さーん、こちらっ」や「悔しかったら追いついてみろ!」、「おじさんも一緒に遊ぼうよ」という声に混じって、「誰がおじさんだ!」「コラ!早く返さんか、ガキ共!」という雑兵の叫び声が聞こえてくる。
雑兵の声も心底怒っている訳ではなく、困ったようで、それでもどこか楽しんでいるような声だった。
「何事でしょうか…」
ポツリと呟くように声を漏らすと、幼姫は草子を抱えたままでそろそろと声のする方に足を向けた。
「フェリオ!パスだ!」
「よし!任せろ!」
少年の声と同時に、風の視界を勢いよくわらじが飛んで行った。
そして、それを追いかけるように緑の髪の少年が勢いよく走ってきた。